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February 17 メソッドについて直劇のメソッドは独特です。 今まではずっと秘密理に......というか理論的に説明しようとすると複雑な事を書かなければいけないので、極力書かずにいました。 理論的背景は身体の動きが心理を表す事に焦点を当て、治療を行うサイコセラピー(心理療法)です。 代表的なものにゲシュタルトセラピー/POP(プロセス指向心理学)/NLP(神経言語学的プログラミング)などがあります。 本来、日本人は彼らと比べると「文章なんか理解する暇があったら、なんか面白い事やってみろ」的な.身体から入る傾向があり、そこが面白い。 February 15 ちょっと一息 最近様々なオーディションの場に立ち会っていると、とっても不思議な雰囲気に驚かされます。 そういう場での俳優志望者の事を心理分析すると(一応、私、心理カウンセラーですので・・) 「人にテストされる事にそもそも怒りを感じている」と思われるのです! びっくりします。ゆとり教育の弊害でしょうか?(;一_一) いくらなんでも、テストしなければいけない理由ぐらい分かっているのでしょうけど........ 分かっているのに「顔」や「態度」「言葉遣い」に出てしまう人が多くて、こちらまで冷や汗ものです。 海外TVドラマ「ホワイト・ハウス」<セカンドシーズン>これはアメリカ大統領が主人公の話ですが...........こんな台詞がありました。 「出馬したくないなら、分かるけど・・・・負けるからというだけの理由で出馬しないなら・・・・あなたを軽蔑するわ」 好きですね。こういう凛とした台詞は.。 演劇センター 直劇主宰 February 13 オーディションについて いつも、直劇を御支援下さって有難う御座います! さて直劇では、新たなメンバー再編を進めております。そこで、メンバー募集のスタイルを舞台未経験者、舞台経験者、プロ経験者と3つに分けて募集する事に変更しました。 現在は未経験者(エキストラ経験のみの方は未経験者です)を募集中です! どうぞよろしくお願い致します。 演劇センター直劇主宰 November 06 翻案について(3) シーザーズマシーンについて「ジュリアス・シーザー」を論じる際にいつも議論になっていたのはこの題名です。
この物語には、アントニー、ブルータス、キャシアスを軸に物語は進行していく訳で、シーザーの出番はほとんどない・・群像劇と言われ、シエイクスピア自身当時のロンドン社交界にウンザリしかかっていて、欺瞞を攻撃したかった結果それをローマ皇帝「ジュリアス・シーザー」をめぐる人間関係を盾に批判したかったのでは・・と言う意見もあります。 また、壮士劇=意気盛んな男性達の物語(日本の幕末劇のような)としても知られます。
私はシェイクスピアの「信仰者」としての側面から、これを考えてみました。当時、劇界を牛耳っていたのは王室であり、また教会の支配下にありました。
また、「夏の夜の夢」「あらし」「リア王」など、超自然/神の世界が色濃く劇のムードを引っ張っていく作品も多く・・彼がその世界に想いを馳せていてもおかしくない。 とすれば、ローマ皇帝シーザーに神の「真/善/美」の何かを表現させていたとしたら...........と仮説を立てました。 もちろんシーザー時代のローマはまだ、神聖ローマではない。が、シーザーの業績に彼が尊敬を抱いていて、ある種その当時のローマにも「神の導き」をイメージしたのかも知れない。 そこでこの作品のテーマを「ジュリアス・シーザーの遺産」と考えてみました。
さすがに「神」では宗教劇のようになってしまいますので、ジュリアス・シーザーの遺産=「正義」と解釈して、正義を求めあがく男達------それなら「警察官」と連想して、一部の警察官僚を主人公に据えました。 結果ふっと「シーザーズ・マシーン」というタイトルが思い付きました。
最期の駆け合い台詞
「シーザーズ・マシーン、皇帝の特別兵器、皇帝の“意味”とは何か?」 「正義です!」 はこんな発想から生まれました。 つまり、この芝居の真の主人公は「正義感」であってキャラクター一人一人では無いという観点です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「リア王」などを見ますとリアは単に自分が単なる一人の人間に過ぎず、ちっぽけな存在であるのにも関わらず、自分をいかにも巨大なもののように傲慢になっていた。 娘達との確執の前に既にリアの内面で悲劇は始まっていたのではと思われますし、「マクベス」も、全体の調和を逸脱して、いたづらに権力を求めた結果・・破滅します。 対して「ハムレット」では神との対話としての・・自分を超える「正義」との会話を通じてハムレットは「TO BE OR NOT TO BE」から「LET BE」へと成長します。そして、単に王を目指すのではなく王としての本質==「真/善/美」を表現する事に全力を注ぎます。ハムレットは無惨な死に方をしますが、本来、王族として成すべき務めは果たします。
シェイクスピアはもちろんロンドン社交界の欺瞞を嫌悪していたと思います。
しかし、彼の興味は単なる社会批判に留まらず本当に「正義なるもの」「美しきもの」「善なるもの」を人間として徹底的に追い求めて生きていく事にあったのではないでしょうか?
人は苦しくても、その時々のベストを尽くすために・・・・迷っても、つまづいても、「真/善/美」を追い求めて生きられれば・・それはとても“尊い”とシェイクスピアは言ってくれている様に思います。 但し・・それに対しては徹底的になれ!とも言っているかもしれません。「我が“骨”を動かす者に呪いあれ」と墓石にしるしてありますし・・・・
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Good friend, for Jesus' sake forbear, To dig the dust enclosed here. Blest be the man that spares these stones, And cursed be he that moves my bones. シェイクスピアの墓碑銘 ------------------------------------------------------------------------------- 演劇センター直劇 主宰 October 26 翻案について(2)翻案の面白さは、普通に演出/上演した時より全く違う....いやひょっとしたらこの方が本格的に原作者の意図に近いのではと考えられる事までがありうるという事です。 例えば「エッジポイント」(第二回公演/第六回公演)は原作マリオ・ブラッディの「橋」という作品を翻案化したものですが、原作にあるFBIの心理学を応用する捜査官(おそらく、原作が書かれた1960年代当時はまだネゴシエーター=交渉人はまだ、警察組織には登場していなかったと思われます)を現代ニューヨークに設定を変えた時、書かれた当時よりも現代アメリカの方が心理学を警察捜査に応用されるケースが多く、原作の「犯罪者の心に心理学的介入をして犯罪を食い止める」という作品コンセプトを利用して多様な事件ドラマを創作できる事に気づきました。 ところで、第一回公演「オフサイドライフ・トラップスター」第四回公演「ホーリースピリット???」第七回公演「スクラップ・プラネット」の三作品は原案者の記載がありません。 「オフサイドライフ・トラップスター」は当時のメンバーが好き勝手に話す即興せりふやアドリブに方向性を持たせて、テーマに接近する手法を取りました。この作品では(シェイクスピア劇で使われていた「時の流転」「超自然」という作劇技法を使いながら)時間感覚の薄い人間の愚かさや創造性の少ない社会への批判をテーマにしました。 「ホーリースピリット???」「スクラップ・プラネット」は原作があるにはあるのですが、あまりにも改編してしまいこれはもうオリジナル作品と言っていいと言う所まで行きましたので、敢えて伏せる事にしました。 「ホーリースピリット???」「スクラップ・プラネット」の二作でテーマにしたのは マザーテレサが言った言葉です。「愛の反対語は敵意ではなく、無関心です」 演劇センター直劇 主宰 October 24 翻案について 翻案という言葉を辞書で引きますと「既存の事柄の趣旨を生かして作りかえること。特に小説・戯曲などで、原作の筋や内容をもとに改作すること。」という意味と出てきます。 第一回公演「オフサイドライフ・トラップスター」から直劇の舞台は必ずこの翻案作業を行いながら創作をしています。 実は(ご存知の方も多いと思いますが...)シェイクスピアが種本と呼ばれる創作のネタを常に題材にしていた事は有名な話です。 普遍的なテーマを伝え続けるのは、演劇の本質であると私達直劇は考えます。 古典劇は長い、気の遠くなる年月を生き残って来ただけあって本当に本質的な事を伝えています。 そのテーマを今に蘇らせるのは我々のコンセプトの大事な柱です。それを生かすのが現代にウケる言葉、設定に置き換える「翻案」という技術です。 「サロメ」を邪馬台国に出現させ、「ロミオとジュリエット」の恋を荒廃した未来に蘇らせ、 「ジュリアス・シーザー」の生命流転を近未来の日本国家に透けて見させる。 しかし、それらを通じて本当に私達が伝えたいのは手法の斬新さや物珍しさではありません。 単純に精一杯生きる事、愛し合う事、苦しみに立ち向かう事.........................ETC 「生きるとは本当は感動的なのだ。時に何だか訳が全く分からなくても....」「たった一匹の羊のために........................もし、世間の99匹の羊がその一匹にNOを突き付けていたとしても、俺だけは、私だけは、お前を感じてやるよ、拙いかもしれないけど、一緒にいるよ、さあ舞台でみんなに聞いてもらおうぜ!と役の...作品の....肩を抱いて舞台に上がるのが演劇だ」とかつての大先輩方はおっしゃいました。 それを現代にリアルに、時に生々しく、蘇らせるのが、翻案技術なのです。 演劇センター直劇 主宰 |
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